Q.後継者への引き継ぎ方を教えてください。
A.子供など後継者へのバトンタッチには、「代表の座の移転」と「自社株などの所有権の移転」があります。そのうち自社株などの所有権の移し方については(イ)生前贈与、(ロ)親子間売買、(ハ)相続があります。この移し方によってかかる税金が変わってきますので、できるだけ早めの検討と対策が必要になります。
(1) 代表の座の移転
①いきなり全権を移譲すると混乱の原因
「代表の座の移転」とは、すなわち代表取締役としての地位を移転することですが、基本的に新しい経営者は新しいことをやりたがり、自分の独自色を出そうとするものです。したがって、いきなり全権を移譲すると、社内外に混乱を生む原因となってしまいます。
②先代社長と後継者が併走できる期間が必要
社内外の混乱を避けるためには、先代社長と後継者が併走できる期間を設けることが必要です。先代社長がフォローすることにより、代が替わっても、社員は安心して働き続けることができ、取引先も安心して付き合いを続けることができます。
そのためには、なるべく早く、先代経営者の影響力があるうちに事業継承を行うことが重要です。先代が高齢になり機動的に動けなくなってからの事業承継では、しっかりとしたフォローができません。また、事業承継を行わないうちに、社長が認知症を発症してしまった場合には、重要な業務がストップし、最悪の場合は廃業へと追い込まれる可能性も出てきてしまいます。
(2) 自社株などの移転
①知っておかなければならない“税金”のこと
事業承継のためには、税金のことも知っておかなければなりません。優良な非上場会社の株式評価額は、思っている以上に高額となっていて、相続税が高いことが想定されます。相続税の最高税率が55%であることから、“ 相続が3代続くと財産が無くなる”とまで言われています。しかし、これは生前に有効な対策を行わなかった場合であり、早めの対策を行うことで、円滑な継承を実現することが可能になります。相続税が原因で会社を潰さないためにも、早めの対策を行いましょう。
その対策の1つとして、後継者に自社株や事業用資産の所有権を移転する方法がありますが、その移し方は、主に以下の3つの方法があり、それぞれ課される税金の種類も異なります。
- (イ)生前贈与……贈与税がかかる(税率10% 〜55%)
- (ロ)親子間売買…譲渡所得税・住民税がかかる( 原則税率20.315%)
- (ハ)相続…………相続税がかかる(税率10% 〜55%)
②自社株の移し方のポイント
(イ)生前贈与、(ロ)親子間売買、(ハ)相続の自社株の移し方を考
える上でのポイントは次のとおりです。
(イ)生前贈与
贈与は、“ 相続税の負担”と“ 贈与税の負担”とのバランスを考えて実行する必要があります。また、生前贈与には、(ⅰ)暦年課税制度と、(ⅱ)相続時精算課税制度による贈与の方法があります。事業承継を考えた場合、役員退職金の支給などで、株価が下落したタイミングを逃さないことが重要です。また、将来値上がりが予想される自社株については、相続時精算課税制度を活用すると、税金対策上の効果が大きく得られるケースがあります。
しかし、生前贈与は、特別受益として遺留分減殺請求の対象になりますので、後継者以外の子供に対しては、他の財産を手当てするなどの配慮が必要です。
★ 生前贈与のメリット・デメリット
メリット | 後継者は贈与税の資金調達だけで済みます。 |
デメリット | 生前贈与は特別受益として遺留分侵害額請求の対象となります。 |
(ロ)親子間売買
親子間売買は、適正価額で行われれば、生前贈与のように遺留分侵害額請求の対象にはなりませんので、その意味での親族間の争いは避けることができます。
しかし、売買である以上、購入資金が必要となります。親子間での売買の場合には、相続税評価額で売買するケースが多く、その場合、後継者に相続税評価額相当の手持ち資金があれば問題ありませんが、手持ち資金がない場合には、その資金を調達しなければなりません。
また、売却側であるオーナーにとっては、取得価額よりも売却価額が大きい場合には、売却益に対して20.315%の譲渡税(所得税15.315%・住民税5%)がかかります。
★ 親子間売買のメリット・デメリット
メリット | 適正価額での売買であれば、遺留分侵害額請求の対象となりま せん。 |
デメリット | 後継者は、株式の購入代金について資金調達をしなければな りません。 |
ハ)相続
相続での取得の場合、遺言書などで後継者に自社株や事業用資産を相続させる旨を決めておかない限り、遺産分割協議が必要となり、後継者以外の相続人にもそれらの資産を取得する権利が生じてしまいます。したがって、この場合には、遺留分を考慮した上で、遺言書を作成することをおすすめします。
なお、相続税の税率は、最高55%の超過累進税率になりますので、ご自身の相続税をきちんと認識したうえで、生前贈与、親子間売買、または、相続のいずれの方法が、税金上、有利なのかを把握し、株式の移転時期を含め検討することが重要です。
メリット | ・ 遺産総額が相続税の基礎控除額以下であれば、税負担なく 取得できます。 |
デメリット | ・ 遺言がなければ、遺産分割協議成立まで株主が確定しませ んので、株主総会の運営に支障をきたす可能性があります。 ・ 遺言がなければ、経営に関与していない相続人に株式が分 散し、後継者が安定した経営権を確保できない可能性があり ます。 ・ 相続が開始した日の直前期の決算数値を基にして株価を計算 しますので、直前期の業績がよかった場合には、株価が高く 計算され、相続税の負担が重くなる可能性があります。 |
③自社株の評価額が一番低い時に移すのがポイント
自社株の評価額は、その時の会社の業績や過去の利益の蓄積(純資産額)によって大きく左右されます。つまり、移転する時期によって評価額が大きく異なりますので、評価額がなるべく低い時期に移すのがポイントとなります。例えば、オーナーの引退に伴い退職金を支給する場合には、退職金相当額の利益が圧縮されるため、通常株価は低くなり、自社株を後継者に移す絶好のチャンスといえます。
④納税資金を考えた対策
もう1つのポイントは、将来オーナーに万一のことがあった場合に、相続税を支払えるかどうかです。相続税は、原則として被相続人がなくなった日の翌日から10ヶ月以内に現金で一括納付をしなければなりません。自社株については、一般的に換金性がないことから、相続税の納税資金をどのように捻出するかがポイントになります。納税資金が不足する場合、発行会社に譲渡することや、金融機関からの融資、物納・延納なども視野に入れて考えなければなりません。なお、相続により取得した非上場株式を一定期間内に発行会社に譲渡した場合、一定の税金計算上の特例があります。
(3) オーナーと後継者の事業承継におけるギャップの解消
事業承継を円滑に行おうと思っても、些細なことでオーナーの意見と後継者の意見とがぶつかってしまい、承継が進まないケースがよくあります。
そうなってしまっては本末転倒ですので、そのギャップの解消方法を検討してみます。
①オーナーから見た事業承継、後継者から見た事業承継
【オーナー側の意見】
○自分が築きあげてきたものを任せるにはまだまだ不安である。
○自分と同じような苦労をしていないのに、口ばかり達者で生意気である。
【後継者側の意見】
○既に別の会社でサラリーマンをしており、社長になりたくない。
○社長として会社を経営していく自信がない。
○引退しても先代が口うるさそうで面倒である。
②ギャップを埋めるためには?
【オーナー側に求められること】
○スムーズな事業承継のための環境を作る。
・ 会社の未解決問題をそのままにしない(大きな借金の存在などは明らかにしておく)。
・ 兄弟姉妹、親族争いの火種を消しきる。
○うるさく口は出さないが、目は離さず、必要な時は助言する。
【後継者側に求められること】
○独自色を出すことに固執せず、先代が作り上げてきたものに敬意を表する。
○一人で突っ走らず、重要な問題は先代に相談する。